流行歌喫茶店ツタの葉からまるコンクリート壁
あなたはもう忘れたかしらと歌いたくなる気持ちのまんまでGO。
てくてく歩く、ひたすら歩く、この先に何があるのか、その角で曲がってみようか、自由気ままに進み続ける仲通り商店街、からの住宅地。
たしか、このへん。
名前は「サバーバン」だったっけ。か。アーバンだっけ。ビルの名前その地下にあるカフェの名前。カフェじゃなくてスナックなのかも。そもそも違いよくわからない。喫茶店なのか料理店なのか風俗店なのか秘密結社なのか。平気な顔。どうするんだっけ。こんなとき。
平気な顔って、どうやって作ればいいんだっけ。
やはり。現地いきなり待ち合わせ。やるんじゃなかった。約束。するんじゃなかった。帰りたい。戻ろうか。
そうだ。あの角を曲がったら、ぐるりおおまわりして、わざとして。帰ることにした。
あ。という顔に出逢う。いた。いたか。会えた。へんなところで。こんなところで。そんなところに、なんでいた?
「良かった良かった良かった」と彼女が言う「どこだったかわかんなくなっちゃってさ、お店」
「いつも寄ってるんじゃなかったの?」
「友だちとね。ひとりで来たことない。って気づいた。したら、本当にどこかわかんなくなっちゃってたよ」
「もしあのお店が嫌なら他に変えても良くない?」
「いやじゃないよ」
「おれ階段降りるの苦手。なんだか怖いよ地下」
「そっちが嫌なのか」
「約束だから仕方なく行く。ことにした」
「だったら変えよう? あそこは、どう?」
彼女の指先を見る。あそこ。どこ。どこなのか向こうなのか彼女が指差すであろう方角。彼女は指さない。
「あそこ。って、どこ」おれは訊く。
「あそこは、あそこ。ほら、あそこ」
「どこ?」と訊いた瞬間にわかった。お店の看板が見えた。お店の名前が『あそこ』
「わかりやすい名前だね」と、おれは言う。
「でしょ? たしかそんな理由だった。と思う。よ?」
「待ち合わせするとき決めやすそう」
「それそれ、それ。どこにする、あそこ、そっか、じゃ、あそこで。ってね?」
「わかりやすい」
あそこという名前の喫茶店は一階にあり、窓ガラスに商店街や歩く人たちの姿が薄く映されている。中が見える。安心した。